★60000ヒット記念SPECIAL★ COOKING
─ Who has a large repertoire as a cook? ─

作者言い訳:このインタビューは、1997年6月より前の時点で行われているものと仮定します。
(なぜ、1997年6月なのかは、「空」をお読みのかたは、おわかりのはず)
また、作中に年号表記のない作品(「厄介な連中」「DESPEARDO」シリーズなど)に関しては、既刊の物語内での時点でインタビューしているものと仮定します。 (でないと、時代がぐちゃぐちゃになるので)

 

イーストリバー市ユアランド4丁目十番街── ここは、安っぽい歓楽街の奥深くにあるゲイバー「WILD」 である。

「アタシの得意料理はね、やっぱり美容と健康のためにサラダかな。サラダだけで何十種類も作れるわよ。最近は和風のサラダにも挑戦してみようかな、って思っているところ。お醤油風味のドレッシングもいいわよね。──え? アタシがインタビュアーなわけ? なんで? 通訳が面倒? ふーん。ま、いいけど、アタシもちょっと野次馬根性で興味があるから。じゃあ、手始めにDESPERADOシリーズの面々からにしましょうか。例のおふたりさんは、いまちょうど、この店にいるしね」
 そう言ってリタがカウンターのほうへと歩いてゆく。
リタ「おふたりさん、せっかくの金曜の晩にお邪魔して悪いんだけど」
クラーク「悪いと思うなら、邪魔しなけりゃいいだろうが」
リタ「あら、ずいぶん不機嫌ね。いったい、どうしたの?」
クラーク「気が利かないやつだな。おまえが邪魔したからに決まってるじゃないか」
アンソニー「ちょっと待ってよ。デス。リタだって事情があるんだろうし。リタ、デスが不機嫌なのは、他に理由があってね。せっかく僕がつくって冷凍しておいたシチューを温めるときに焦がしちゃったからなんだよ」
リタ「あら……まあ。じゃあ、『デスの得意料理は?』なんて、あらためて訊くまでもないわね。訊く前から答えがわかっているもの。答え──『なし』」
クラーク「失礼なやつだな。いちおうあるんだぜ。簡単サラダとか」
リタ「サラダ? へえ、サラダはアタシの十八番よ。『簡単』ってことは、簡単なドレッシングの作り方ってこと?」
アンソニー「ちょっとデス。それって、まさか『レタスは洗ってちぎっただけでも食べられる』ってやつじゃないだろうね?」
クラーク「そうだが? 塩か市販のドレッシングでもかければ、立派なサラダじゃないか」
リタ「……(絶句)……」
アンソニー「あ……ええと、なんで得意料理なんか訊くわけ?」
リタ「作者命令よ。なんでも、HPの60000ヒット記念イベントで、『各キャラの得意料理とレパートリーの数インタビュー』というのをやるそうなのよ」
クラーク「またかよ。この前も変な座談会やったばかりだし……待てよ? この前の座談会は20000ヒット記念イベントだったはずだぜ。なんで、20000から60000に飛ぶんだ?」
リタ「さあ? 作者の都合じゃないの? あいかわらず遅筆みたいだから」
クラーク「『相変わらず』ってのは、良くもならないが悪くもならない、ってときに使うもんだろ。柏枝の場合は、悪化してるんじゃないのか?」
リタ「かもね。とにかくインタビューを続けなきゃ。でも、デスはともかく、トニーなら、得意料理もたくさんあるわよね」
アンソニー「まあ、あるにはあるけど……」
リタ「ありすぎて、選べないのなら、デスに好評だった料理とかに絞ったら?」
クラーク「トニーの料理は全部うまい。どれも一番だ」
リタ「デスに訊いてるんじゃないの。どんな高級料理店でも、『当店のお勧めメニュー』ってのが必ずあるものでしょ。つまりはシェフの自信作よ。トニーの自信作は何?」
アンソニー「ええと、結局はポトフやシチューみたいな煮込み料理かな。安い肉でも煮込めば美味しくなるし」
リタ「なるほど経済的なのね。レパートリーの数に関しちゃ、星の数ほどありそうだから、訊くまでもないとして。おふたりさんへのインタビューはこんなところかしら。あとは──ロブとダニエルね。面倒だから電話にしようかしら。ママ、電話借りていい? ありがと。じゃあ、邪魔者は消えるから、どうぞごゆっくり」
 リタは、ふたりから離れて、カウンターの奥にある電話機へ──
リタ「──あ、ロブ? アタシ、リタ」
ロブ「……?どこのリタだ?」
リタ「あら、あなたって、そんなにもてたかしら。兄代わりに後見人になったクリスのほうが先にガールフレンドを作っちゃったのにねえ」
ロブ「クリスのことを知ってるのか?」
リタ「当たり前でしょ。会ったこともあるわよ。WILDで」
ロブ「ワ……なんなんだ? おれが今、どこにいると思ってるんだ?」
リタ「15分署でしょ。クリスから『夜勤だ』って聞いたから、こうして電話をかけているんじゃないの。電話かけてるだけだで、逮捕できる?」
ロブ「あ……まあ、それもそうだな。それで? 何の用だ?」
リタ「作者命令で、各キャラの得意料理とレパートリーの数のインタビューをしなきゃならないのよ」
ロブ「得意料理? ふーん、あ、おれ、あるぜ」
リタ「……驚いた。デスと五十歩百歩かと……あ、まさか『レタスをちぎって塩かけただけのサラダ』だなんて言わないでしょうね?」
ロブ「なんだ? そりゃ。クラークなんかと較べられちゃ心外だぜ。おれの得意料理は『A&Bディナーセット』と『ミルドレッド』だな」
リタ「……あの……それって冷凍食品じゃない?」
ロブ「それがどうした? 冷凍食品だって、うまく料理するのはコツがいるんだぜ。それに、いろんな冷凍食品メーカーを食べ較べて、いちばん旨いのを選んだんだし」
リタ「……あ……まあ、そうね。冷凍のシチューを温めて焦がしちゃったデスよりはマシかもね。」
ロブ「当然だ。あんな不器用が服着てあるいてるようなやつと一緒にするなよな」
リタ「(笑いを噛み殺してる)……そうね。じゃあ、どうもありがと」
 いったん電話を切って、リタがさらに電話をかける。
リタ「……あ、ダニエル? アタシ、リタ」
ダニエル「どうかしたのかい? デスかトニーに何か──」
リタ「ふふん、おあいにく様。金曜の晩だもの。あんたにはお気の毒だけどさ。それより、ちょっと訊きたいんだけど、あんたの得意料理って何?」
ダニエル「得意料理? ずいぶん唐突だな」
リタ「また問答無用の作者命令なのよ。『各キャラの得意料理とレパートリーの数インタビュー』だって」
ダニエル「なるほどね。といっても、インタビューする以前に答えがわかっているような気もするが……。ぼくの得意料理は、フランス料理系統だな」
リタ「さすがヤング・エクゼグティヴ。リッチねえ。で? たとえば、どんなメニュー?」
ダニエル「いちおう健康には気を遣っているのでね。白身魚と野菜のマリネとか、まんべんなく食材を組み合わせた料理だな。組み合わせだから、レパートリーの数もかなりあると思うよ」
リタ「マリネ?……フォアグラとかステーキは?」
ダニエル「そういったものは、自分で調理するより、自分の好きなレストランで、シェフが腕をふるったものを食べたほうが、美味しいからね」
リタ「……なんか次元が違うわね。でも、結局は自分で料理するより、豪華レストランで食べている回数のほうが多いんじゃないの? 」
ダニエル「そうでもないよ。朝食は自分でつくるし、昼は仕事の合間に、サンドイッチをかじっていることも多いし」
リタ「証券アナリストって多忙なのね。じゃあ、朝食はどんなメニュー?」
ダニエル「グレープフルーツを絞ったジュースと、ベーグル、コーヒー、シーザーサラダ、ってとこかな」
リタ「ジュースも自分で絞るわけ? 本格的ね」
ダニエル「ジューサーのお世話にはなってるけどね。それより、そのインタビューだが、『硝子の街にて』シリーズのキャラたちにもやるのかい?」
リタ「ええと──そうみたい。でも、アタシ、あまりよく知らないのよね。いちおう、イーストリーバー市は架空の街だし、あっちはニューヨークだし」
ダニエル「じゃあ、僕が君の代わりにインタビューしようか?」
リタ「本当? それは助かるわ。じゃあ、これでアタシはお役ご免ね」
ダニエル「では、お任せあれ」
 含み笑いを残してダニエルが電話を切る。

──さて。電話を切ったダニエルは、いたずらっぽい微笑を浮かべると、クローゼットから麻の上着を取り出し、羽織りながら、外へ出たのであった。
「え? 『なぜ、シドニーやノブに電話をかけないのか』? 決まってるじゃないか。こういうのは直に反応を見たほうが、面白いからね。僕にとって人生は、楽しむためにあるのさ」
 軽快な足取りで夜道を歩き、大通りでタクシーを拾ったシドニーの向かった先は──
 ニューヨークのチェルシー24丁目にある、とあるアパートである。
シドニー「腹減った。ノブ、なんか食い物はないか?」
伸行「あるかなあ。おれもついさっき帰ってきたばかりでさ。冷凍庫を見てこようか」
シドニー「冷凍ピザでも、賞味期限切れのパスタでも、この際なんでもいいぜ」
伸行「そりゃあんたはね。こう暑くちゃ、あんまり脂っこい料理はパスしたいなあ」
 おりしもシドニーの部屋でインターホンが鳴り、シドニーが受話器を取る。
シドニー「ダニエルが? 何の用だ? ああ、別にいいが」
伸行「ダニエルが一階に来てるの?」
シドニー「らしいが、どうも変なことを言ってるんだよな。『作者命令によるインタビューだ』とかなんとか」
伸行「作者って柏枝?」
シドニー「だろうな。別の作者がいれば、こんなに続編が遅れずに済んだのにな」
 そこで、部屋のチャイムが鳴る。シドニーがドアを開けると、ダニエルが立っている。
ダニエル「やあ、こんばんは。都合がいいな、ノブも一緒か」
伸行「こんばんは、ダニエル。インタビューって、何の?」
ダニエル「それが君たちにぴったりの題材でね。『各キャラの得意料理とレパートリーの数』なんだけど」
シドニー「得意料理だあ? いつから、グルメ小説になったんだ? そんなもんあるわけないだろうが」
伸行「そうだよね。おれたちって冷凍食品かインスタント食品のお世話になりっぱなしだし……」
ダニエル「でも、一個くらい冷凍でもインスタントでもない料理があるんじゃないの?」
伸行「……うーん。なにかあったかな?」
シドニー「なにもあるわけないだろ。あったら奇蹟だ」
伸行「でも……あ、あれ! あれなら冷凍でもインスタントでもない」
ダニエル「和食?」
伸行「和食より中華に近いかな。チャーハン」
シドニー「チャーハンって……そんなもん、チャイナタウンのスーパーに行けば、冷凍食品で揃ってるんじゃないのか?」
伸行「そりゃそうなんだけど、あれって、要するに炊いた御飯を、野菜や肉、卵と一緒い炒めて味付けしただけだろ。日本にいたころ、作ったことがある。ばーちゃんが風邪引いて寝込んじゃたっときにさ、じーちゃんと二人で。肉の代わりに鮭を入れて、鮭チャーハンにしたんだけど、けっこう、うまくできてさ」
シドニー「へえ。じゃあ、それ作ってみろよ。なんかよけい、腹が減ってきたぜ」
ダニエル「僕も食べてみたいな。ノブお手製のチャーハン」
伸行「いま?」
シドニー「材料を買いにいかなきゃ、無理か。どこに行けば揃うんだ? 近場だと、やっぱチャイナタウンか?」
伸行「ええと……鮭って言っても、こっちのスモークサーモンとはちょっと違うし……。だいいち、御飯だって、日本じゃたいていの家庭に炊飯器があるけど、こっちじゃレトルトパックの御飯を買うしかないし……」
シドニー「じゃあ、はじめから冷凍のチャーハンを買ったほうが早いじゃねえか。いや、近くの中華料理屋から配達してもらったほうが、もっと早いぜ。そうするか」
ダニエル「シドニー──君が空腹なのはよくわかったが、君にも、ノブみたいな得意料理はないのか? 簡単なやつでいいから」
シドニー「『あるわけないだろ』って、何度言わせるんだよ。だいたい、この街じゃ、自分でつくるより外で食べるか、デリのサラダバーで買ってきたほうが安くつくんだぜ」
ダニエル「だが、ロッドがいたころは、ロッドがつくっていたんじゃないか?」
シドニー「……いきなり、何を……。昔の話だろ?」
伸行「そういえば、おれもロッドの料理を食べたことがあったっけ。おいしかったよ」
シドニー「そりゃ、ロッドは器用だから」
 シドニーがダニエルの腕をとって部屋の隅へ連れてゆく。
シドニー「ダニエル、いったいどういうつもりだ?」
ダニエル「だから、作者命令によるインタビューを」
シドニー「嘘つけ。良からぬ魂胆があるのは、見え見えだぜ。いまさら昔の話を持ち出して、なんのつもりだ?」
ダニエル「へえ、君のほうこそ過剰反応じゃないのか? というより、ノブのことを心配しすぎてる、と言ったほうがいいかな」
シドニー「……」
ダニエル「図星だったようだね。(ウインク)きみもノブも、からかい甲斐があって楽しいよ。ま、また僕が泊まらなきゃならないような非常事態のときは、遠慮なく呼んでくれたまえ」
 ダニエルが楽しそうに笑いながら、伸行をふりかえる。
ダニエル「じゃあ、ノブ。邪魔したね。ごゆっくり」
伸行「え? もう帰るの?」
ダニエル「まあね、シドニーのお楽しみの邪魔をしちゃ悪いからね」
シドニー「ダニエル!」
 シドニーが殴りかかったが、ダニエルは身軽な動作でかわし、すでにドアに向かっていた。   

  さて、ところ代わってこちらは日本──東京は浅草橋にある毛利呉服店である。
 時刻はやっと夕方らしくなった午後5時──
毛利「……ったく、またですか。夏は浴衣の売り上げが増えるので、呉服屋にとってはかきいれどきなんですよ。くそ忙しいのに、拙者を便利屋みたいにこき使うのもいい加減にしてくださいよ。まあ、遠野センセの得意料理は拙者も知りたいところですから、今回はお引き受けいたしますけど。じゃあ、とりあえず近場から行きますか」
 下駄を鳴らして地下鉄都営浅草線に乗った毛利が降りたのは、浅草の駅である。隅田川を渡って墨田区向島に入り、現代風の高層マンションの谷間を歩き、商店街を細い路地に入ると、昔ながらの古い木造家屋が並んでいる。
 その中に、旅館風の、やや大きめの木造家屋があり、板塀には「涼風荘」 という木の看板が掛けられていた。がらがらと引き戸をあけると、帳場になっていて、煙管をくわえた禿頭の老人がノートパソコンに向かってなにやら考え込んでいる。
毛利「率爾ながらお尋ね申しますが」
老人「ほう、お若いのに、難しい言葉を知ってるね。お泊まりですか?」
毛利「いえ、こちらに、吉家と築島という御仁がお住まいと聞いて参ったのですが」
老人「吉家と築島──ああ、老人会の特別顧問と、平賀の源ちゃんとこの曾孫か」
毛利「老人会の特別顧問?」
老人「そうだよ。コンピュータの専門家でねえ、老人会のみんながインターネットできるように無料で骨を折ってくれた功績をたたえて、特別顧問になってもらったんだ。ほら、ご覧よ、この囲碁だって、いまもネットで源ちゃんと対戦してるんだよ。わしが帳場から動けなくても、対戦できるんだから、便利な時代になったもんだよね」
毛利「はあ……拙者には、こんぴゅーたのことはさぱりわかりませんが……。それで、吉家と築島は?」
老人「あの二人なら、この旅館の離れに住んでるよ。もともとは新婚さん用の特別室だったんだが、最近の若いもんは、新婚旅行といえば海外だからね。つぶしちまおうかと思ってたんだが、広い和室のあるアパートを探していると聞いてね。特別顧問をしてもらうのにもなにかと便利だし。入り口は、いったん塀の外へ出て、ぐるーっと路地を廻って反対側の裏口だ」
毛利「はあ……なるほど」
 毛利は、90歳近い老人からコンピュータの話を聞かされて、大混乱に陥ったようである。馬の尻尾のような長髪をふりつつ、老人の説明通りに路地を板塀に沿ってまわると、「涼風荘裏口」
という表札に並んで「吉家 築島」 という表札が掛けられている。
 木戸はすでに開け放たれていて、やや癖のある長髪の青年が、朝顔の鉢植えに水をやっているところだった。
毛利「率爾ながらお尋ね申しますが、築島さんですな」
築島「はい、そうですが──あれ? もしかして、座談会で司会をつとめてたかたですか?」
毛利「そうです。ご記憶いただいているとは、拙者も光栄。実は今回も作者命令でして」
築島「やっぱり。じゃあ、吉家先輩も一緒のほうがいいですね。どうぞ、おあがりください」
 築島が曇りガラスの引き戸をあける。半畳ほどの上がり框があって、障子で仕切られた部屋が二つほど並んでいる。毛利が遠慮なく框に腰をかけて待っていると、
吉家「なんだよ、また柏枝の命令? せっかくの日曜だってのに」
築島「そのせっかくの日曜日に、ごろ寝してるのは、誰ですかね。で、毛利さん、今回のお題は?」
毛利「ええと、『各きゃらの得意料理と、れぱーとりーの数』だそうで」
吉家「得意料理? そんなのおれにあるわけないだろ。せいぜいインスタントラーメンくらいしか料理しないぜ」
毛利「じゃあ、吉家さんは、まったく料理をなさらないんで?」
吉家「しない。表通りに出れば、コンビニもあるしさ」
築島「あ、おれはしますよ。といっても、得意なのは、お総菜みたいなのばっかりですけどね」
毛利「お総菜──結構なことじゃあありませんか。日本人の心です。で、たとえば?」
築島「肉じゃがとか筑前煮とか、煮物関係ですね」
毛利「お、うまそうですな。じゃ、れぱーとりーの数も、けっこうあるんでしょ?」
築島「いえ、そんなには」
吉家「毎晩、ちがうおかずが並んでるんだから、かなりの数だろ」
毛利「ほう。毎晩ちがうおかずが並ぶなんて、凄いじゃありませんか。ですが……吉家さんは、食べるのが専門ですか? 築島さんのお手伝いとかは」
吉家「するわけないだろ。おれが手伝ったら、よけい築島の仕事が増えるだけで」
毛利「なるほど、賢明ですな。ところで、板倉さんと岡崎さんについては、どうですか?」
吉家「恒之と岡崎? さあ……岡崎は、おれと同じ程度みたいだけど……」
築島「板倉さんも料理は得意ですよ。おれみたいな惣菜専門じゃなく、洋風の料理も得意みたいで。あ、でもいちばん得意なのは『茶碗蒸し』だって、前に言ってた記憶があります。簡単なようで難しいんですよね。へんな出汁を使うと、そのまま味に出ちゃうし、火加減が強すぎると、すがはいっちゃうし」
毛利「なるほど、茶碗蒸しですか。ところで、築島さん、今晩の献立は?」
築島「暑いですからね。胡瓜とシラスの酢の物と──あとは、魚屋で適当な魚があったら唐揚げにして南蛮漬けにでもしようかと。魚がなかったら、酢豚かな。買い物に行ってから決めます」
毛利「なるほど、なかなかやりくりのほうもお上手なようで、拙者、感服いたしました。姉たちに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいですね。じゃあ、拙者はこれで。お邪魔しました」
 さて──なごやかに吉家・築島宅を出た毛利が次に向かったのは、中央線沿線の西荻窪である。JR西荻窪の駅を出て、商店街をやや進んだところにある不動産屋の前に、見覚えのある青年がふたり、なにやら言い争いをしている。
長谷川「だからさ、この部屋なんかいいんじゃない? うちから歩いて5分だし」
阿部「アホ、歩いて5分なんて近すぎるだろ」
長谷川「なんで? 近い方が、なにかと便利じゃない」
阿部「あのなあ……」
毛利「率爾ながら、失礼します」
長谷川「あ──ええと、毛利さんでしたっけ? たしか前に座談会で司会をしていた──」
阿部「本当だ。まさか、また柏枝が良からぬ企画でも」
毛利「ご明察ですな。今度は、料理だそうですが──お部屋をお探しですか?」
長谷川「そうなんですよ。やっと阿部くんが承諾してくれて──」
阿部「アホ。そんなことまで話す必要ないだろ。で、料理って?」
毛利「おふたかたの得意料理と、れぱーとりーの数をお伺いしたいんですけどね」
長谷川「得意な料理って……学校のキャンプファイヤーでつくったカレーくらいしか……。阿部くんは?」
阿部「おれも、野菜炒めくらいかな。就職する前は貧乏学生だったし、就職した後は社員食堂か、弁当ばっかりで」
長谷川「だから、やっぱりうちの近くのほうが、便利じゃないか。母だって喜ぶよ」
阿部「あのなあ、いまはそんな話をしてるんじゃないだろうが」
長谷川「そうだね。あ、でも阿部くんがつくった野菜炒めを食べてみたいな」
阿部「あのなあ……」
毛利「なんだか、まるっきり会話が噛みあってない気が拙者にはするんですが……。まあ、部屋探しの最中に、いんたびゅーした拙者が悪かったみたいですね。じゃあ、おふたかたとも料理は苦手、とうことで」
阿部「要するに、そういうことだ」
毛利「わかりました。では、いい物件が見つかるといいですな」
 不動産屋の前で、言い争いを再開した二人を残し、毛利は足早に、JR駅へと向かう。
毛利「さあて、これで、残りは遠野センセのお宅だけですな。しかし、いんたびゅーだってのに、タクシーさえ使わせてくれない作者って、貧乏性の塊ですな。ったく」
 ぶつぶつ文句を言いながら中央線に乗り込んだ毛利は、都下の某駅で降りてバスに乗り換える。  武蔵野の原生林に囲まれた霊園前でバスを降り、霊園前の小道を幽霊屋敷──もとい、セイタカアワダチソウが生い茂る遠野邸へ──
 さて、そのキッチンでは。
美雪「ねえ、篤史、アイスキャンディー食べない? コーヒー味なんだけど」
篤史「アイス……って、買ってきたのか?」
美雪「じゃなくてね。僕がつくったんだ。ばーちゃんに教えてもらったの」
篤史「つくったって……この屋敷にミキサーみたいな文明の利器あったっけ? 扇風機さえないのに」
美雪「そんなのなくても作れる簡単なやつだよ。牛乳にインスタントコーヒーと砂糖を溶かして、製氷皿にいれて固めただけ。今朝しこんでおいたんだけど、さっき冷凍庫を見たら、凍ってたから」
 そう言って美雪が差し出したガラスの皿には、約2センチ角のコーヒー牛乳色のキャンディーが盛られている。ひとつをスプーンですくい、篤史の口元へと運ぶ。
美雪「はい、あーんして」
篤史「あのさ、美雪。自分で食べられるから」
美雪「……(泣きべそ)……」
篤史「あ、わかったわかった。はい、あーん」
美雪「……はい。おいしい?」
篤史「あ、うん。おいしいよ。(口の中が急に冷たくなってので、本当はあまり味がわからない)」
毛利「おや、これは、美雪ぼっちゃん。ぼっちゃんお手製の氷菓子ですか?」
美雪「うん、そう。毛利さんも食べるなら、冷凍庫にまだ残ってるよ」
毛利「拙者もご相伴にあずかれるんですか? それは光栄。では、さっそくいただくといたしますか」
 毛利が勝手に冷凍庫をあけて、製氷皿を取り出し、これまた勝手に食器棚から皿を取りだして、菜箸でキャンディーを皿に載せる。さらにひとつを口に運び、
毛利「冷たい……甘い……ですが、珈琲の苦みがきいてて、なかなかおいしいですな」
美雪「本当? 良かった。ばーちゃんからコツを教えてもらったんだけど、砂糖もコーヒーも普通にコーヒー牛乳をつくるときより、大目に入れるといいんだって。冷たくなると、人間の味覚って鈍くなるんだって? で、父さんが苦いの好きだしさ、僕が自分用につくるより大目に入れてみたんだけど」
毛利「なるほど……冷たくなると味覚が鈍るんですか。さすが美雪ぼっちゃま。そういえば、遠野センセは? 書斎ですか?」
篤史「さあ? さっきブルーバードで出ていったから、生協に買い物にでも行ってるんじゃないかな」
毛利「それは残念ですな。実はまた例によって作者命令で──」
篤史「また? 今度は何さ」
毛利「『得意な料理とレパートリーの数』インタビューだそうで」
美雪「へえ、面白そう。あ、僕はね、お菓子ならけっこう得意だよ。ばーちゃんが元モガだから、そういうの詳しくてさ。この前はマドレーヌをつくったんだ。ちゃんとオレンジの皮をすり下ろして入れて。今度、持ってくるね」
毛利「それは楽しみですな。拙者、ぼっちゃまがお作りになったお菓子なら、100個でも千個でも食べてみせますぞ」
篤史「……(100個も食べたら、お腹こわすよなあ)」
毛利「で、宮城さんの得意料理は?」
篤史「おれ? おれはあまり……。いつも簡単なのばっかりだしさ。出汁だってインスタントを使っちゃうし」
美雪「でも、ちゃんと料理になってるよ。昨日の晩の麻婆豆腐もおいしかったし」
篤史「あれはインスタント。おれは豆腐を切っただけ」
美雪「じゃあ、えーとあの、この前の、お魚の西京焼きは?」
篤史「あれは、西京漬けになってる切り身を買ってきて、網に載せて焼いただけ」
美雪「それだって、ちゃんと焼けるだけ、マシじゃない? 僕は焼き方知らないし……」
毛利「ぼっちゃまのおっしゃるとおりですよ。宮城さんは謙虚なんですねえ。じゃあ、センセのお手製の料理で、お好きなものはなんですか?」
美雪「あ、僕はねえ、オムライスかな」
毛利「オムライスって……けちゃっぷ味のチャーハンみたいなの(作者注:チキンライスのこと)を卵焼きでくるんであるやつですよね? で、上にも、けちゃっぷがかかってる」
篤史「遼一郎がつくると、中の御飯がドライカレーなんだよ。上にかけるのも、残り物のカレーだしさ」
毛利「さすが遠野センセ。なるほど、ありきたりのオムライスでは満足できなくて、創意工夫を」
篤史「それって遼一郎の創作じゃないと思うけど? 洋食屋で見たことあるし。まあ、遼一郎は、甘いの苦手だから、ケチャップのかわりにカレーにしただけじゃないの?」
毛利「では、宮城さんのお好きな料理は?」
篤史「別に……。遼一郎って味より盛りつけに凝るタイプだしさ。本人が帰ってくるのを待って、直に得意料理を訊いたほうが早いんじゃない?」
毛利「それもそうですね……。インタビューする相手は、センセで最後だし──あ、忘れてました!」
美雪「他にもインタビューする相手がいるの?」
毛利「ええ、あの不埒な輩です。公僕のくせに、派手な黄緑色の服を着て、金鎖つきの金縁眼鏡をかけてる……」
篤史「ああ、綱彦か。綱彦は料理はしないよ」
毛利「しないって……外食ですか?」
篤史「桁違いの金持ちだもん。包丁を握ったこともないんじゃないかな。いきつけのレストランも決まってるしさ。そうだな、綱彦が自分でやることといったら、せいぜい紅茶を淹れるくらいかな。バラのジャムをつけて」
毛利「……ますます不埒な輩ですな。けしからん」
篤史「じゃあ、毛利さんは料理するわけ?」
毛利「……『男子厨房に入らず』が毛利家の家訓でして」
篤史「なんだ、じゃあ、毛利さんも似たようなもんじゃない」
毛利「あ、でも、おにぎりなら握れますよ。剣道の道場で、よく合宿のときにつくりました。ちゃんと三角形に握るのが最初は難しくて」
美雪「あ、そうなんだよね。ぼくが握ると丸いおにぎりになっちゃう」
毛利「あれは手の形と合わせ方にコツがあるんですよ。こう、角をつくるようにしてですね──」
遼一郎「なんの集会かね?」
篤史「あ、遼一郎! 帰ってたわけ?」
遼一郎「帰ってきたから、ここにいるのだが?」
 そっけなく答えて、遼一郎が生協の買い物袋をキッチンテーブルに置く。
毛利「あ、やっぱりお買い物なさってたんですか。ところで、つかぬことをおうかがいしますが、センセのお得意な料理って、何でしょう?」
遼一郎「……大根おろしだな」
毛利「大根おろし……ですか? あのサンマの塩焼きとか、揚げ出し豆腐とかについてる大根おろしですか?」
遼一郎「他にあるのか?」
毛利「いえ……ですが、それは料理とは……」
遼一郎「何を言う、サンマの塩焼きに大根おろしがなかったら、物足りないだろうが」
毛利「そりゃそうですが……なるほど。哲学的ですな。皿の主役ではないが、立派に存在価値がある。それに、機嫌が悪いときに大根をすると、辛くなるって言いますからね。平常心が必要ですな」
 毛利はなにやらしきりに感心している。遼一郎はそっけない顔で買い物袋から大根を取り出している。
毛利「大根おろしをつくるんですか?」
遼一郎「そうだ。今晩のメニューは鰺の塩焼きなのでね」
毛利「じゃあ、拙者が……。平常心を養う鍛錬として」
美雪「僕もやる! 父さん以上の平常心を獲得するためにも」
 なにやら大根の争奪戦をはじめた毛利と美雪を横目に、篤史は溜息をつくのだった。
(遼一郎のやつ、なんだかんだ言って、要するに、大根をおろす作業を誰かに押しつけたかっただけじゃないのかなあ……)

       ★★THE END★★  

 

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禁・無断転載 柏枝真郷